後輩の嗜み

自分がやってきた&見てきた後輩としての嗜みをとして、感じたことを書いていく。

 

〇良く観察する

自分と働く相手を、めちゃめちゃ観察する。

まずその人のすごいところ、憧れるところ、その人の強みを探しに探す。

その上で、以下の順で攻略する。

・いまの自分で埋められて、その人の手間になることを探して対応する

・いまの自分じゃ埋められないけど、その人の苦手なことを探して攻略できるようにする

・その人の強みの分野で、圧倒的2番手を目指す

・その人が苦手な分野で、かつ自分が勝てそうな分野を探して喧嘩をしに行く。

 

別に喧嘩をしたほうがいいとは思わないが、喧嘩を売りたいんならこの程度の段取りは踏んだ方がいいと思う。一応ここで言う喧嘩とは、イエスマンではないと言う定義とする。すなわち一度飲み込んだ上で代替案の提案をすることから、作業を拒否する範囲である。広い。適当である。

 

特にその人が自分にとって重要であればあるほど、立場をわきまえるべきだ。立場をわきまえると言う言い方が正しくないのであれば、信用を勝ち取るべきだ。

 

とにかく、その人の誰よりも強い2番手としての地位を確立してから話は始まるかと。

なんでこんな話をしているかと言うと、態度だけ私に似た若者を往々にして見ることになっているなかで、何が彼らと違うのか、なぜ自分がこんな態度でうまくやっているのかと言うところを改めて考えた結果である。傲慢である。非常に褒められた態度ではない。叶うならば私もかわいい後輩になりたい人生であった。

 

〇いつまでを新人の期間とするか

ここに関しては、私と、今の現場と前の現場の教育体制ならびに周囲の感覚が大きくことなると感じる部分である。

私の場合は、23歳業界参入時、最初の上司に「電話をとったら新人もプロも関係ない。全員プロだ」と言われた。まあ意味はわからない。新人でいさせろ。

もうひとつ最初の上司に言われたのは「3ヶ月で新人は終わり」

矛盾してないか。2日目なのか3ヶ月なのか是非はっきりしてほしい。

それはやりすぎだと騒ぎたくとも、半年後には先輩が消え、その3ヶ月後には後輩がいたのでそうも言ってられない環境で育った。お陰さまで後輩を潰しに潰す20代を送っている。何人葬っただろうか。関わった人全員に心から謝罪したい。いまはたぶんもう少しキャパもあるのでもう少し楽しく仕事を提供できるはず。まじごめん。

 

前の現場の新人期間は1年だった。ちょうど所属が同年代の新人明けであったことから、周りはとにかく圧倒的1馬力の環境だったことが衝撃だった。なんだコイツら仕事出来すぎじゃないかと、死ぬほど感じさせられたし憧れた。

仲の良い同い年の人で、年次は1年下になるが、やはり仲良くなったタイミングは2年目で、そいつもそいつですごかった。

後輩も2年目からとんでもない仕事のしかたをしていた。もしかしたらあの環境は化物量産機でも設置してあったのかもしれんが。

やはり全員後輩が出来てからの動きが目を見張るようであった。今までも凄かったけどどんどん凄い。なんなんだあれは。

 

変わって今の現場。新人期間は3年。長い。長すぎる。

そしてメンターや先輩は何歳になっても温い人は温い。正しく言えば保守上がりだけが後輩育成に強い。

一重に後輩の有無が影響していると思う。(たまに自己研鑽の鬼が爆誕することはあるが、これは指標に出来ない。)

 

今の環境に物申すとすれば、いつまで新人なんだと。

新人なのであれば、新人である利点を使いきってほしいと思うわけである。

 

〇新人としての許される立ち振舞い

新人にはメンターがつく。のが定説だ。

最初は全力で面倒を見てくれるものと言うのもその通りであると思う。両者やる気もある。

だがしかし考えてほしい。我々は会社員である。即ち金を稼ぐ駒である。

自分についてくれているメンターは、会社から見たらたくさん金を稼ぐ駒であるのだ。

そこで考えてほしい。全部を教える暇があるのか?と。そこにどれだけの時間を使えるのか?と。

私含め後輩にかける時間と、その人が1馬力で稼ぎに行ける時間を是非比較する癖をつけてほしい。

そう考えたら自ずと、「口を開けていたらエサをくれるのが当たり前」と言う気持ちはなくなるはずである。

 

私は「あの人が面倒を見てくれない」と言う言葉が大嫌いだ。

あの人と言っているその人は、私には時間を使って頭を使って、手も動かしてくれることを知っているからであるが。

面倒を見るのは先輩としては本来当たり前の行為ではあるかもしれんが、同時にその先輩の時間を削る行為であることを認識すべきだ。

助けてくれるのは当たり前ではない。ただの善意だ。

 

その人のいくら分を潰してでも私に使ってくれてしょうがない、と言いきれる状況を認識するのがとても大事だと感じる。逆に何かを手伝えるチャンスがあれば、恩返しするべきである。

所詮仕事はギブアンドテイクで成り立っているのだ。

返すのが難しければ、「面倒みたくなる後輩」になる必要がある。具体的にいうと「これを教えたら出来るようになった」「これが出来たら良いな~って思ってたことを勝手にやった」など。

とにかく、その人の面倒見快感レベルを上げる必要がある。でなければ教えている側は楽しくない。

相手もたぶん人間であることから、多少感情面に訴えかける動きも必要である。

 

〇誰にも負けないことを作る

これは私が高校1年のときに先輩からの寄せ書きに書いていただいたことである。非常に強豪校っぽい言い回しであるが、この気持ちは大事なのではないかと思う。

正直、なんも出来ない瞬間は卑屈になる。やる気も失せる。本当にこの歳になっても毎回なる。ただ、自分のポジションで出来ることは冷静になれば絶対あるのである。世の常である。

 

正社員かつ自社業務しかやっていないと感じにくいことかもしれんが、幸い客先常駐の経験しているため3か月で切られる可能性がある日々を送っている人間からすると、この感覚は非常に必要である。要は隙間産業だ。

 

まあ偉そうに正社員様と片側の肩くらい並べてたくさん業務をやらせていただいて思ったことは、とにかく自分のポジションと、チームの弱点、強みの分析、そのなかでの自分の「有益な」立ち回りが大事だ。じゃなきゃ切られる。

自分の場合は若干切迫し気味だが、世は転職世界である。もっと収入を見込める。

一回転職活動をやってみてほしい。君らの年次の世のSEは正直もっと優秀だ。びびるくらい優秀な人で溢れている。

 

正直、君らがもし私を優秀と思っているのであれば、それはとんでもない勘違いであることだけが私が教えられることだと思う。世間はこんなもんじゃない。私はまだまだ底辺から抜けられない。

本当に世の中には素敵な人が沢山いるんだ。

ひとつ言えるとしたら、君らのリーダーはめちゃめちゃ優秀だし、君らの課長の上の部長かな?は、ここ最近で見た本当に優秀な人だ。

人当たりで判断することも大事だけど、もっとその人たちの仕事を見てほしい。

 

逆に君らが憧れている人の仕事に疑問を持てるように勉強してほしい。

疑問の前後に勉強したことはめっちゃ身になるのだ。

 

 

〇後輩としてやっていきたいこと

最後に後輩としてやっていきたいことを述べる。

まずは先輩を好きになろう。

とにかく良いところを探してほしい。

人間である限りその人の長所はあるわけで、その長所を存分に好きになってほしい。

その長所を見た上で、それから短所を見た上で、自分と比較して嫌いなところは嫌いでいいと思う。自分がそうならなければいいというサンプルにしよう。

 

単純に嫌いになるのって凄くもったいないと思う。本当にその人のどこが嫌いか、何が嫌いか、どうすればその人みたいにならなくて済むのかを死ぬほど考えてほしい。

 

私は唯一嫌いな上司の嫌いなところも好きなところもたくさん言える自信がある。それも誰よりも言える自信がある。そして、その人と出会えたからこのような人生になったわけである。

この間まで長らく働いていた上司についても同様である。誰よりも考えた自信がある。他の人には力量が片寄ってると言われても、その人の2番手として、その人を最大限に生かせる人間である地位は確立していると思っている。気のせいかもしれん。

 

一応、色々と考えた上で立ち回った結果、現場が抜けられないアクシデントがおきているが、自分が頑張った結果がたぶん最高の形で帰ってきてるということにする。

 

最後に

「こいつがいなきゃ出来ない」が、私がこの現場に来て言わせたかった言葉である。

そのために頑張ったので、正直満足した。

 

勿論恩も情もあるので返せるだけ返したいし、その人との仕事が楽しいので願わくば後輩になりたい。

だけど、ひとつ区切りとしてその言葉を言わせたことはとても嬉しかった。出会ってくれて、一緒に仕事してくれて、沢山考えさせてくれて本当にありがとうございました。

puzzle③

5つめの記事は「ボストンブラウンブレッド」という蒸しパンの記事。

この記事ではボストンブラウンブレッドという3つのBが付く蒸しパンと、記事中の主人公の「3つのBの夜」について記載されてる。

(3つのBの夜とは、週に1度の風呂(bath)の日にボストンブラウンブレッドとベークドビーンズを食べる夜のこと。)

ターシャ・テューダーのクックブックより引用されている。

 

 

6つめの記事は「2万5千分の1地形図の作り方」の記事。

ここでポイントとなるのは、この記事には数字が多いということであるが、ここについて個人的に思ったのはあまりにもこじつけすぎるということ。笑

地図作成の記事で数字が多いのは当たり前だが、如何せん縦文字で書かれているため分かりづらい。

元々の資料は横文字で書かれていたのではないか?(漢数字だと目に入りにくいため)

 

 7つめの記事は最初に出た記事の続報(9月6日長崎日報朝刊より)である。

ここで初めて事件に進捗がないこと、3人の死因が異なること、死んだ場所が違うことが語られる。

 

ようやくここで2章 playに入り主人公が捜査する必要があることが分かる。

 

1章を通して感じるのは、2-6つ目の記事の関連性の無さ、1.7つめの記事の簡素さであろう。

 

結論を言うと2-6つめの記事の内容を深く理解したところでほぼ意味は無い。(ほぼ、というのは私の最後2行の引っかかりを無くすためには理解する必要があると感じたからだ、ただそこ以外には何ら関係はない)

 

ここから第2章に入るわけだが、ここまでに労力を使いすぎると拍子抜けするので適度に読み流すことを推奨する。笑

 

やっと長かった1章の解説が終わったわけで、これほんとに書ききれるのかが不安。笑

puzzle②

4つめの記事は昭和の元号制定の記事である。

昭和元号の制定について、欠かせないのが「光文事件(1926/12/25)」であろう。

この記事では光文という元号が制定される、という記事と、昭和という元号になった事件の概要について記載されている。

 

光文事件の概要としては当時の東京日日新聞(現毎日新聞)が大正天皇崩御後、号外にて「新元号は「光文」である」と発表。

しかし同日に当時の宮内省が「昭和」と発表し、社長が誤報に対して辞意を表明する事態となった。(実際には編集局主幹が辞任。)

 

この誤報については「東京新聞」、「読売新聞」が同様に報じているが、実際のところ信憑性は薄いとされている。

なぜなら猪瀬直樹著の「天皇の影法師」とテレビ出演をした職員の言動以外の書物が見つかっていない。

 

本件の事実としては新元号「昭和」「元化」「同和」のどれかであったとされており、「光文」報道については記者が検証しないまま飛びついたとされている。

 

とりあえず酔っているからこの辺で一度更新

puzzle ①

祥伝社文庫

puzzle

恩田陸

 

あらすじ

関根春(せきね しゅん)と黒田志土(くろだ しど)は中年の警察官である。

その2人がある事件を捜査することになる。

長崎県の無人島で3人の男性の遺体が見つかった事件。

死因はそれぞれ餓死 転落死 感電死

身元も不明なその3人と、5枚のワープロで書かれた記事が島には残されていた。

手がかりはその5枚の記事、そして遺体の1人が志土の同級生だったということ。

一体この島で何が起こっていたのか。

 

【内容詳細・感想・考察】※ネタバレ

 まず、恩田陸さんについて

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1964年生まれ 女性

「六番目の小夜子」でデビュー

代表作に

「球体の季節」

「不安定な童話」

「三月は深き紅の淵を」(これは読んだことがあってとても好きな作品)

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この本は

Ⅰ piece

Ⅱ play

Ⅲ picture

の章があり、まずⅠは事件の記事が2つ、謎の記事が5つ記載されている。

物語ではなく、ただの記事の羅列。

 

1つめの記事は 8月31日に長崎県西彼杵郡沖の無人島、鼎島で3人の遺体が発見されたことが書かれている。3人の身元、死因は不明で、3行ほどの短い記事。

たぶん新聞に載っていても見落としてしまう程度のもので、この時点では事件の奇妙さ、複雑さはわからない。

ちなみに鼎島は実際にある島ではなく作中オリジナル。モデルは軍艦島(らしい)

 

2つめの記事は、「オランダ人伝説」に関する記事。

オランダ人伝説とは1600年頃に誕生した。要約すると、沈没した船とその船員が呪われ、幽霊となり、海をさまよっている。そして航海中にそれを目撃するとみたものは災厄に見舞われるという伝説。

この記事は、オランダ版とドイツ版での伝説、そして実際に目撃した二人の人物の記述とその後が記載されており、よりリアリティを感じさせる。

 

3つめの記事は映画「星々の彼方への旅」の製作発表の記事。

「星々の彼方への旅」というのは1965年2月23日時点の仮題で実際には「2001年宇宙の旅」という題名(原題:  2001:A Space Odyssey)でアメリカのスタンリー・キューブリックによって製作、1968年4月6日に公開された。

原作、脚本はスタンリー・キューブリックとアーサー・C・クラークの共同執筆。

 

映画のあらすじ

2001年、月には恒久的な基地が建てられ、人類は火星に足を踏み入れる時代。人工知能HAL9000型コンピューターと乗組員5人は木星探索を行っていたが、船に不具合が起き、乗務員は原因と思われたHALの思考部分停止を試みるがそれを察知したHALに殺害される。唯一生き残った船長のデビット・ボーマンはHALの思考部を停止させ、木星探査の真の目的(月で発掘された謎の物体、通称モノリスの調査)を知る。そして単独で探査を続行させ、モノリスと遭遇、そして人類を超越した存在へと進化を遂げる。

 

記事中ではこのあらすじに関しては詳しく触れられておらず、キューブリック自身のコメントが大半を占めている。

私も今これを書くまで、映画の内容が物語に大きく作用しているとは感じなかった。が、今大変なことに気づいてしまった。これは最後の2行の伏線だった。(と考えるとものすごくすっきりする。)最後に記載したいからこれを書き切ることを祈ろう。笑

 

 

 

 

ちょっと途中だけど最近思うこと

聲の形っていうマンガと

八日目の蝉っていう本を読んだ

 

 

最近の作品は歪んでるよ

 

まず聲の形

退屈しのぎに苛めて、自分がいじめられて、後悔してってさ

被害者の子が自分のハンディキャップにとてつもない罪悪感と周りとうまくいかないことに対する葛藤があって

 

そこが上手いことハマったように見せかけてるだけだから

 

後悔したらやり直せばいいとかそういう問題じゃないんだよやっぱり

その時その瞬間は帰ってこない

西宮さんのお母さんが言ったその言葉だけが合ってると思う

 

ただただ気持ちが悪かった。

 

やり直す勇気がどーのとか

過去じゃなくて未来とか

失った時間を取り戻すとか

 

いじめられっ子で立ち直っていじめたヤツを殴っていいわけでもない

いじめられてたってのを盾にするのもどうかと思う

 

虐めてた人はもっと堕ちればいいと思うし

素直にモノをいえばいいわけでもない

話したからなんでもわかるってそんな訳あるかい。

 

作者が何を書きたかったのか、何を伝えたかったのか、さっぱりわからん。

 

八日目の蝉にかんしてはまたこんど